「富賀見艸」は黒牡丹か — 夢のある話
天保の品種「富賀見艸(ふかみぐさ)」は牡丹の別称。「葉姿が牡丹の花に似た黒牡丹だったのではないか」という説がある。萬延の名寄で「富賀見艸」が消えると入れ替わるように「黒牡丹」が現れる——沼尾氏は「的を射ているかもしれない、夢のある話」と書き留めた。
大井澄雄氏(栃の葉巻柏会副会長)談〔沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』所収〕Chapter 01 — The Story
イワヒバ(巻柏)はヒカゲノカズラ類——シダよりさらに古い系統で、その仲間は約三億年前の石炭紀に大森林を作っていました〔一般植物学の知見〕。 その「生きた化石」が、江戸の人々の手で錦のような園芸品種に磨かれ、 番付がつくられ、名前ごと現代まで手渡されてきました。これはその継承の物語です。 A lineage older than dinosaurs, refined by Edo gardeners into living brocade — ranked, named, and handed down for centuries.
江戸の花戸・三之丞が園芸品種としてのイワヒバを初記載。葉の短い「たうげひば」を上等とした。元禄の江戸で、イワヒバはすでに「見比べる」植物だった。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』/立花・岡村『よみがえる古典植物いわひば』
「いただきいわひば」の図に「爪斑雪を帯たるが如し」。葉に雪を宿す美が、初めて書物に残る(発行年は文政10年=1827が通説、文政8年=1825とする資料も⚠相違)。2年後の『草木錦葉集』(文政12)には斑入り5品種が図入りで並んだ。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』
相撲の番付に見立てて56品種を格付け。現在の銘鑑の原型である。前年に幕府が鉢植えの高価売買を禁じた直後の発行——「幕府の威光にも拘らぬ、当時の繁栄振りを物語っている」。掲載56品種のうち約7割が後代の銘鑑に名を残すとされる〔沼尾資料〕(直接の現存確認を21品種とする書籍も⚠相違〔立花・岡村〕)。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』

東都植木屋連中による85品種。番付ではなく特徴別分類を創始し、この分類法は現在の銘鑑にまで継承される。楊貴妃・古金襴など最高級品種が出揃った。縦42cm×横48cmの木版墨刷を四つ折りにして持ち歩いた。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』/立花・岡村『よみがえる古典植物いわひば』
東京有志者中による93品種。初めて全品種に説明文が付き、江戸期品種の特徴を今に伝える「ロゼッタストーン」となった。明治34年(1901)には信濃(長野)でも97品種の銘鑑が編まれ、中山道を介した趣味者の交流がうかがえる。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』
イワヒバが世間から姿を消し、多くの品種が失われた。だが絶えてはいなかった——地方の棚で、名と株は静かに守られていた。立花吉茂・岡村寧『よみがえる古典植物いわひば』

「玉獅子の変化にして、葉は極細かく密生」する黄金色の名品金麒麟の出現を機に東京巻柏會が結成され、銘鑑が復活。愛知の青桃園、水戸の天神山木楽園など個人銘鑑も各地で編まれた。本サイトの銘鑑書庫で昭和5年の実物スキャンが見られる。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』

大東亜戦争2年目、東京金龍會が旭日旗と日の丸を掲げた銘鑑を発行。63品種。戦火の中でも「泰平楽」「飛金龍」という新品種が初出している——平和を願う名を、戦時に与えた人々がいた。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』

終戦間もない物資難の中、全国の愛好家が結集して『巻柏之銘鑑』第1号(73品種)を発行。昭和27年の第3号では稀代の名品泰平冠が一芽数万円(現在価値で数十万円)で取引された。第5号以降は毎年発行され現在に至る(第5号の年は昭和32年〔連合会公式〕と昭和30年〔沼尾資料〕で⚠相違)。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』/日本巻柏連合会公式サイト
「巻柏の登録に関する規定」を実施。7年生以上の親と3年生以上の苗50本を揃え、年3回の審査を経てようやく登録される。1つの変わり芽から登録まで数十年かかることもある——新品種は今も、この門をくぐって生まれている。日本巻柏連合会「品種の新登録」
連合会監修『原色イワヒバ銘鑑』の刊行に合わせ、地域で呼び名が割れていた品種を統合(故郷錦→九重錦、日光→友白髪など)。同時に青柳・黒龍など8つの古来種が復活掲載された。名前の系譜学が、ここで一度整えられた。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』
1843年の名寄から183年。日本巻柏連合会の銘鑑は第74号を数え、全国13支部で展示会・交換会が続く。10月には東京・神代植物公園で第74回全国展示大会。この番付文化は、いまも毎年更新される「生きた伝統」である。日本巻柏連合会公式サイト(2026年)
文政12年(1829)『草木錦葉集』に描かれた5品種を、研究家・沼尾鶴雄氏が手持ちの全銘鑑で追跡した記録。名前は改まり、姿は受け継がれる——イワヒバの「家系図」です。
| 文政12年(1829) | 天保14年(1843) | 萬延元年(1860) | 明治 | 現在 |
|---|---|---|---|---|
| 善右衛門白布 | 水野爪金 | 唐花 | 唐花 | 唐花 |
| 岩ひば黄布 | 蜀農錦 | 蜀江錦 | 蜀之錦 | 蜀光錦 |
| 弥七岩ひば | 四季の曙 | 四季の曙 | 四季の曙 | 西ノ有明(70年の空白あり・異説も) |
| 細葉岩ひば | 茶保宿リ | — | — | 細葉岩檜葉(150年の空白) |
| いただき岩ひば布 | 嵿岩檜葉 | 嵿檜葉 | 嵿檜葉 | 不明(明治34年を最後に消息を絶つ) |
著者自身が「半端な知識による主観論や推測もあり、異論も有る」と断る研究であり、空白期間のある系譜には⚠疑義が付されている。沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』
天保の品種「富賀見艸(ふかみぐさ)」は牡丹の別称。「葉姿が牡丹の花に似た黒牡丹だったのではないか」という説がある。萬延の名寄で「富賀見艸」が消えると入れ替わるように「黒牡丹」が現れる——沼尾氏は「的を射ているかもしれない、夢のある話」と書き留めた。
大井澄雄氏(栃の葉巻柏会副会長)談〔沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』所収〕「金毛織→金龍」の改名説が定説だが、明治34年銘鑑では「金龍」が特大文字で新規掲載され、「金毛織」と同時に載っている。昭和50年代のこの銘鑑の再発見が、定説に再検討を迫った。歴史は、まだ動く。
沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』戦後を代表する名品「富士之華」には、金龍の胞子発芽説・石垣への自然発芽説・飛金龍の色彩変化説など諸説が乱立。「どれが嘘やら誠やら、諸説入り乱れての大賑わい、いやはや誕生説までもが稀代の迷品なのである」。
沼尾鶴雄『巻柏 品種の変遷』歴史をつないできたのは、文献ではなく人でした。日光の研究家・沼尾鶴雄氏(筆名・巻柏仙人)の随筆から。
本サイトの記述を支える主な文献。それぞれの時代の「持論」が詰まっています。
| 書名・資料名 | 著者・編者 | 年代 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 蘭・萬年青・巻柏 | 石井勇義 編/石川安太郎ほか | 昭和7年(1932) | 戦前の培養理論。「貨車一台でも送れ」という流行の証言 |
| いわひば よみがえる古典植物 | 立花吉茂・岡村寧 | 昭和44年(1969) | 植物学と歴史の金字塔。pH実測・自生地調査 |
| 原色イワヒバ銘鑑 | 日本巻柏連合会 監修 | 昭和48年(1973) | 品種統合の基準となった写真集 |
| いわひば育て方のコツ(カラー園芸入門) | 日本巻柏連合会 編 | 昭和49〜54年 | 培養技術の教科書。沼尾氏も「知識の大半をこの本から得た」 |
| 流行の古典植物いわひば | 鶴水隆・亀井吉輝・岡島秀光 | 昭和51年(1976) | スルメ自家肥料の失敗談まで載る実践書 |
| イワヒバ(巻柏)の作り方と楽しみ方 | 亀井吉輝 | 昭和52年(1977) | 「水かけ三年」。初心者向けの語り口 |
| いわひば平成銘品集 | 日本巻柏連合会 監修 | 平成24年(2012) | 品種別の日照・肥培の現行リファレンス(栃の葉書房) |
| 巻柏 品種の変遷・巻柏こぼれ話 | 沼尾鶴雄(私家資料) | 平成13年(2001) | 銘鑑系譜研究の集大成。本章の背骨 |
| 岩檜葉 四方山話(Webサイト) | 巻柏仙人(沼尾鶴雄) | 平成期〜 | 品種・培養・随筆。現存サイト |
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